組織の教養

私は常々、組織には教養が必要とされている、と考えています。

どういう意味でこの教養という言葉を使っているかと言いますと、「自分が社会の中でどのような位置にあり、社会のために何ができるのかを問い続けている状態が教養である、と考えている、ということです。

と言いますのも、教養とはそもそも、いかに生きるべきか、という問いに対して、人間が答えようと試行錯誤するところから始まった、と考えているからその延長線上でこうした教養の定義をしている、ということです。

いかに生きるべきか、という問いに始まる、社会の中での自らの役割を問う問いを常に自らに問い続けている組織人というのは実はそれほど多くは有りません。なぜなら、組織に属してしまうと(特に日本人の場合はその傾向が強くなるのですが)なにも考えずに組織の中で組織の意向に則して生きようとする傾向が強くなるからです。

いかに生きるべきか、社会の中でどういう役割を果たすべきか、と自らに問う姿勢を持っている人は他人を組織の中の歯車のひとつ、もしくは道具として見ようとはしません。そうではなく、ひとりの人間としての関心を他の人に持つ傾向が強くなるのです。

こうした人がマネージャーになると、人間としての温かみを感じさせるマネジメントをなしうる可能性が高くなることが経験から言い得ます。反対に、教養を身につけていない組織人がマネージャになると不幸が始まるということです。

最近は教養のある経営者が多くはなってきましたが、残念なことに本来の意味での教養を持たない経営者はまだまだ多いというのが実感です。