愛社精神

愛社精神を社員に持たせたい、とは多くの経営者から良く聞く言葉です。

では、毎日社訓や経営理念などを唱えさせているといつの間にか愛社精神を持つようになるのか、と言えば、確かにかなり精神的に未熟な年少者の場合ならそういうことも起きるのかもしれませんが、しっかりとした自我を持つ大人ならかえって反発することはあっても愛社精神が育まれるとは思えません。

つまり、少し冷静に考えてみると、愛社精神というのは外から強制されて持つようなものではない、というのは明らかなことなのです。

海外現地法人に働く現地人社員に愛社精神を持たせたい、とある会社の経営者が話していました。

どういうイメージを持って愛社精神というものを話していたのか定かではないのですが、強制力を強化することで愛社精神を持つ現地人社員を増やす試みなら失敗することは確かです。

抽象的な愛社精神を押し付けるより、自分たちの会社、という意識を醸成していくことこそが愛社精神を育むことだと私は思います。自分たちの会社、我々の工場、私たちのお店、などという意識を作りあげることこそが愛社精神そのものなのだと思うのです。

こうした帰属意識の醸成は、自分たちの目指していくものを一緒に議論したり、会社の将来を一緒に考えたりする中で次第に芽生えてくるものです。じじつ、昨年、こうした議論を数カ月にわたって続けてきた現地法人の現地人社員ははるかに強く自分たちの会社、という意識を持つようになっていきました。

この場合、こうした会社の将来に関する話は日本人の間でたまに話すことはあっても現地人幹部とかわされることは皆無だったので現地人幹部にとってはかなり新鮮だったようです。そうしたことが余計に効果的に現れたのかもしれません。

いずれにせよ愛社精神だけではなく愛国心などもそうなのですが、こうしたものは強制などしたらかえって自立した人間であればあるほどかえって逆効果になることがなぜ理解できないのか不思議に思います。