ヤマトは我なり

東日本大震災の記録、という小冊子を読みました。震災の直後から社員が自発的に行った活動に端を発したヤマトの震災復興への取り組み、そこに込められた「思い」を記録し、ヤマトグループ全社員で共有するために作られたものです。

昨年、まだ震災から一カ月もたっていなかったと思いますが、ヤマトの経営首脳と話をした時、東北の震災現場で(本社と連絡も取れない状況下で)自らも被災者であるヤマトの社員が自発的な被災地域支援行動を起こしていることを感動的に話してくれたのを思い出します。話をしている経営首脳の顔がいかにも誇らしげであったことが印象的でした。

本社とは全く連絡が取れない状況で、自分の判断で会社の車も使って行ったこうした行動は会社によっては規律違反と裁断される可能性も十分あるかと思いますから、トップがこうしたことに大きな価値を見出していることに会社の社会に対する姿勢を感じたものです。

実はこの話をお聞きした時はそういう行動を取った一人の社員がいた、という話だと思っていたのですが、この小冊子を読んでみるとひとりではなく、あちこちでそうした行動が起こっていたのですね。ということはこうした判断をするDNAがヤマトという会社には本当に組み込まれている、ということなのだと思います。ヤマトは我なり、という言葉があるということですが、こうした行動はそれの表現かもしれません。

災害後の復興には円滑な物流が欠かせません。しかし、復興に携わる自衛隊員は物流の専門家というわけではないわけです。
確かに、物の仕分け一つにしても、慣れていない市や町の職員や自衛隊員だと大きな建物に入ってくる物を入ってくる順番においてしまう。そうすると、今度は運び出す時に混乱が起きる。せっかく善意で集まった物資がなかなか被災者に届かない、というようなことが起こったのもこうした物流の専門的な知識や知恵がなかったことが結構大きな壁になっていたのだろうと推測できます。

そういう意味で、ヤマトの社員のボランティア的な初動は災害復興や支援に大きな意味を持っていたのだろうと思うのです。
ただ、ヤマトの社員が現地の役所に「何かできることは有りませんか」、と問い合わせても役所自体が十分に機能していない状況ではよくわからないまま断られたりする状況から始まったようです。こんな状況のなかで、あちこちかけずり回りながら何とか地域のお役に立とうと、自分たちの意思で、本社とは連絡が取れないまま行動を起こしていたたくさんの社員がいたということです。
そしてなによりも素晴らしいと思うのは、こうした社員の行動を経営者や幹部陣がほぼ例外なく感動と誇りを持って語っていることです。

本当に久しぶりにこれほどの規模の会社でこれほどまでに人間的な温かみを感じさせる会社に出会いました。
中小企業だと経営者の人柄や考え方が割合ストレートに会社の体質に反映されることも多く、人間的な温かみを感じさせる会社もたくさんあるのですが、残念なことに会社の規模が大きくなってくるとルールや規制が優先されるようになりがちで往々にして人間性が奪われてしまっているところがあるからです。

人が生きいきと働くことに価値を見出していける経営陣の割合が他社に比べるとヤマトには多いのであろう、という仮説を私は持っています。