JALの再生

最近、いろいろなところで話題に出るのがJALの再生です。たいていの人はあれだけの短期間で再生ができたことを称賛します。たしかに信じられないほどの短期間で再生がなったのは私も素晴らしいことだと思っています。ただ、だからといって稲森さんのやり方がすべて良かったのかと言うとそうでもないのではないか、というのが現時点での私の意見です。

もちろん、仕事としてJALと関係を持っているわけではありませんから詳しい情報は有りませんが、スコラにはよく問題意識を持ったJALの若い人たちから接触が有りましたし、再生の途上で何人かの管理職と頼まれて懇談をしたことなどがあります。

そうした情報を総合すると、稲森さんのやり方はアメーバ経営を持ちこむところは良いのですが、それ以外ではかなり古いやり方で事を進めようとするところが見られ、このやり方だとJALが倒れる以前で不採算路線をやめるなどに政治的な圧力がかかりやすい状況であったなら、多分、再生は難しかったのではないか、と考えているのです。

確かに社員と話をする場を設けるなどの姿勢を持っていたことなどは素晴らしいことだと思います。ただ、かなり精神論で事が進められる要素があったように思いますので、あの再生を手放しで称賛するのは控えているのです。

改革というのは多くの場合、精神論で事を進めるのか、事実と実態に基づいて事を進めるのか、の戦いなのです。

3.11以前、東京電力は、原子力の不祥事隠しなどコンプライアンスの問題をいくつも抱えていました。そして、その対策は形式上から見れば完璧にやっていたのです。ただ、そのやり方が徹底した精神論で貫かれていたためにまったく機能していなかったのです。福島原発の問題はその結果です。この重大な問題点に東電の経営陣はまったくと言っても良いほど気付いていませんでした。

もちろん、アメーバ経営はある種の事実と実態の基づく経営ですから、これは機能したようですし再生に大いに貢献したのではないか、と思います。ただ、あれだけ短期にアメーバ経営が機能し得たたのは、JALに隠されたベース(部門別事業別の採算を見る会計システムなどで、作られたけれども実際には使われてはいなかったもの)があったからだと思います。稲森さんがはじめからその事実を予測していたとは思えませんから、これは稲森さんにとってもJALにとってもラッキーだったのだと思います。

こうしたラッキーな面が再生を促進した部分も手伝って、稲森さんが持っている精神論的な、改革のやり方としては問題のある側面が見えてきていないことに私は問題を感じているのです。

もちろん、詳しい情報を持っているわけでも調査をしたわけでもありませんから、ここに書いているのはあくまで仮説であり、可能性です。もう少し情報が入ってきたらまた私の意見を書きたいとおもいます。