改革の当事者になる

改革の当事者になる、というのは、実は大変に重い言葉だと思います。自らの「思い」を原動力として、改革に全身全霊をささげて取り組む、ということだからです。

自分に対するまわりからの評価なども二の次にして、何としてでもよい会社にしていきたい、と必死で頑張る、ということです。こういう人は、役職とかポジションに関係なく努力を惜しみません。

こういう人が何人かいれば、そして、こういう人に適切な役割と、権限、予算などを与えるなら、当たり前ですが改革は進展しやすくなります。

多くの場合、改革の担当者というのは、一生懸命「社内改革」という職務をこなしているものです。ただ、こういう人を「自分の職務を忠実に遂行している担当者」とはいっても、当事者とは言わないのです。

こういう担当者がいくらいても改革が本当の意味で進展することはまれです。担当者が当事者に変身することが出来て初めて改革は動き始めるのです。

担当者が当事者になる。必ず、とは言えませんがその可能性はあります。

そもそも本当に改革は必要なのか。改革しなければ生き残っていけないのか。改革は社員にどういう影響を及ぼすのか。等々。こういう根源的な問いに向き合い、徹底的に意見をぶつけ合い、思いを語り合う中で当事者は生まれてくる可能性があるのです。

多くの場合、こういう根源的な問いをスルーしたままものごとが始まっているために、形だけの「改革」が横行している、ということなのです。