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zoom RSS 努力をする、というのは最も人間的な行為のひとつ

<<   作成日時 : 2013/03/18 21:03   >>

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この私のホームページのメーンテーマでもあるのですが、私は基本的に努力をする人間が報われるような社会でなくてはならない、と常に強く思っています。

もちろん、努力と言っても、人によってその発露の仕方はさまざまだし、障害を持っている人の事情なども考慮する必要があるのは当然という前提の下での話です。

先日、民主党の落選した元衆議院議員と白熱した議論をしました。彼は私がその資質を買っている若手の政治家です。私はもともと民主党の支持者ではないのですが、民主党に期待はしていました。しかし、民主党のあのばらまき体質にはほとほとうんざりしていましたので、そのあたりを彼と議論したのです。

この話の根底には私の人間観が有ります。それは、人間とは弱い存在である、ということに始まり、意図的に努力をしない限り、人間というのは楽な方に流されていく、という見方が基本になっています。しかし、同時に意図的に努力、というものをすることができるのも人間という生き物だけが持つ特性なのです。

人は体を鍛えるためにランニングをすることがありますが、猿にはそういうことは起こり得ません。つまり、人間が人間である証明は努力をするかどうかで見ることができるわけです。

国や公共団体が公的な資金を国民に分配するとき、ただ分配をするだけなら、それは単なるカンフル剤のような役割を果たすだけですから、社会はそれによって一時的に良い状況を作ることができますが、良い状況の再生産は起こりません。

しかし、同じ資金を努力をする人間のバックアップに使うなら、その資金はカンフル剤のように一時的に状況を良くするだけではなく、努力を増幅させますから、良い方向への変化を促進する役割を果たしやすくなります。

私は子供手当にしても失業保険にしてもすべての政府からの資金は努力をする人へのバックアップに使うべきだ、と考えているわけです。

努力をする人へのバックアップを継続して行うなら、社会の足腰はしだいに強くなっていきます。もちろん、こうした方式を実践するにはきめ細やかな配慮が不可欠ではありますが。

そしてこのことを実践するということは政治の基本姿勢の根底的な転換でもある、ということです。

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