努力ができる環境条件を整え、努力をする人間をサポートする

前回の続きなのですが、私の人間観、つまり、努力をすることができるのは最も人間の人間らしい部分、ということをもう少し掘り下げます。

これは以前、本の前書きにも書いた話なのですが、少し前のNHKスペシャルで取り上げられたテーマです。
脳卒中で倒れた人を車いすを使って介護すると確かに安全で快適という意味で、介護する側にもされる側も楽なのですが、その結果、80パーセントの人は寝たきりになるそうです。

これに対し、車いすを使わず、とにかく歩く練習を日常生活で日々するような環境を用意すると、今度は80パーセント以上の人が歩いて退院するようになる、という話でした。

もちろん、車いすを使う場合でもリハビリ室では一日何回か、歩く練習はしているのです。でもそれだけでは寝たきりになってしまうのですね。

車いすを使わない、と簡単にいますが、看護師さんたち介護する側の負担は明らかに増大します。以前のように9時5時では勤務できなくなるからです。それに患者さんにとっても大変な努力が要求されるのです。

まず、患者さん自身が生きる希望、歩いて生活をする希望とそれにチャレンジする意欲を持っていなくてはなりません。さらに、歩く練習をしやすくする環境、例えば簡単には倒れない杖、足首を固定する装置などは不可欠です。

ただ、大変ではありますが、こういう環境を作って努力がなされると、全部ではなくとも、かなり多くの人が寝たきりにならなくて済むのです。

努力ができる環境条件を整え、努力をする人間をサポートする政治を私たちは必要としています。

農家に対し、圧力団体に負けて相変わらず単なる保障をしているようでは日本は滅びます。しっかりとした農業構想の中で、新しい農業を作っていく人々をサポートする方向に政治を転換させるのは子孫に対する私たちの責務だと思うのです。